ナツヘノトビラ
ボクはいつも3つ歳上のセンパイと二人で営業に都内を回ってる。
今週のプランミーティングでセンパイは重点営業地区に「青梅」を挙げ、脈があるかどうか重点的に回ってみると言った。
今朝早く神田にある営業所を出発し電車に揺られ青梅まで。
田舎から出てきた新人のボクは初めて降りる青梅駅だ。
いい天気で空の青さが気持ちいい。
いつも飾らないセンパイだけど、今日は何か華やかな感じがする。陽射しのせいかな?
さすがに駅前は人も多く飛び込み営業もできそうな感じだ。
『さて、どこから回りますか?』
今日は営業しないわよ
ボクのコトバを遮るようにセンパイは言った。
『え?営業しない?』
そうよ。今月はノルマ達成しちゃったじゃない (^^)
ボクたちのチームはいつも成績が良く社内でも有名だった。
と言ってもボクの成績じゃなく、センパイの営業力が全てだった。
もっと言えばセンパイはとユーザのニーズを素早く捉えて絶妙な提案で相手担当者のハートを掴む。
そしてその愛らしいでにっこり微笑むとアッという間に仕事が決まっていく感じだった。
それほどセンパイは魅力的だった。
『じゃ、今日はどうするんですか?』
センパイは悪戯っ子のように唇の端をニヤッと上げ言った。
デートしちゃう♪
ほら、行くわよ
呆気にとられるボクの腕をとり、センパイは東青梅の方向にどんどん歩いて行く。
5分ほどで踏切を越え、何やら坂道を上り始める。
そこにはボクの田舎だとどこにでもあるような木造の家があった。
ここね・・ 『夏への扉』
面白い名前の店でしょ?
センパイも初めてだと思うけど、導かれるように扉を開けた。
店の中はシンプルで古いけれど掃除が行き届いていて、何かイタリアの田舎町の民家に来たような感じ。
(行ったことないけど)
センパイはケーキセットを頼んだ。
ボクは焼きサンドウィッチセット。
BGMはなく窓の下を走る青梅ライナーの音が時折店内に響く。
『センパイ、今日は仕事しないって本当ですか?重点的に回ってみるって・・』
センパイはコーヒーへミルクを落としながら
脈があるかどうか重点的に調べるって言ったでしょ?
と言ってボクの目をまっすぐ見た。
『え?あの・・それって・・?』
もう、じれったいわね
こういうことよ
センパイはテーブルの上に置いたボクの左手に自分の右手を重ねた。
キミの頑張りを見てるとね、
もっと近くで色んなこと、 見たくなっちゃった
脈は ア・ル・カ・ナ ?
もう直ぐ夏が来る。
開けられた窓から夏がやってくる。
ボクの夏も始まったのかも知れない。
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